医療法人・医療機関 / shinryojo
診療所開設の基本—無床・有床・個人開業と法人開業
無床診療所と有床診療所、個人開業と医療法人による開業では、手続きの性質も必要書類も大きく異なります。医療法第7条・第8条の「許可」と「届出」の区別を、横浜市の行政書士が開業医の視点で整理します。
「無床クリニックだから開設届だけで済みますよね」というご相談を受けることがあります。個人開業の無床診療所であれば概ねその通りです。しかし、医療法人として開業する場合や、将来の法人化を視野に入れている場合は、最初の選択が数か月後の手続き負担に直結します。このページは、開業形態を決める前に押さえておくべき制度の骨格を整理します。
結論
- 無床19床以下を診療所、20床以上を病院と呼びます。19床と20床の間には、建築基準法・消防法の適用で大きな断層があります。
- 個人医師が無床診療所を開設する場合は「事後届出」、有床または法人開設は「事前許可」です。
- 個人開業と医療法人開業では、税制・承継・分院展開の可否が大きく異なります。
- 法律上は事後届出で済む場合でも、保健所は着工前の事前相談を強く求めています。
- 将来の法人化を視野に入れるなら、最初から医療法人設立を選ぶ方が合理的なことがあります。
診療所とは何か
医療法上の施設区分
医療法第1条の5は、医療施設を病院と診療所に分けています。診療所の中には無床(0床)と有床(1〜19床)があり、20床以上になると病院として扱われます。19床までが診療所、20床以上が病院という境界線は、人員配置基準・建築法規・消防法の適用において決定的な差を生みます。
診療所に設置できる病床は、一般病床と療養病床の2種類だけです。精神病床・感染症病床・結核病床は病院でなければ持てません。
| 施設類型 | 病床数 | 建築基準法 | 消防法 |
|---|---|---|---|
| 病院 | 20床以上 | 特殊建築物 | (6)項イ |
| 有床診療所 | 1〜19床 | 特殊建築物 | (6)項イ |
| 無床診療所 | 0床 | 一般建築物 | (6)項ハ |
無床と有床の実務的な差
無床診療所は一般建築物として扱われるため、既存のオフィスビルのテナントスペースを利用しやすい性質があります。対して有床診療所は特殊建築物となり、耐火構造・防火区画・避難設備の要件が厳しく、既存ビルの転用は極めて困難です。
有床は医療計画に基づく基準病床数の対象にもなります。二次保健医療圏が病床過剰地域と判定されている場合、新たに病床を持つ診療所の開設は原則として認められません。
個人開業と医療法人開業
個人開業の特徴
個人医師(医師・歯科医師)が開業する場合、無床なら事後届出、有床なら事前許可が必要です。税制は所得税が適用され、累進課税により最大税率は45%に達します。
個人開業は原則として1か所のみで、複数施設の管理は認められません。相続や贈与の対象になるため、代替わりの際に高額な税負担が生じやすい点も特徴です。
医療法人による開業
医療法人が診療所を開設する場合、無床・有床を問わず事前許可が必須です(医療法第7条)。都道府県知事の設立認可(約6か月)を経て法務局で設立登記を行い、そのうえで保健所に開設許可申請を出します。
医療法人には剰余金の配当禁止(医療法第54条)という非営利原則があり、定款の目的の範囲でしか活動できません。一方で分院の開設が可能であり、法人税率で税負担が予測しやすい利点があります。「持分なし法人」を選択すれば、理事長の交代のみで事業承継ができ、相続税リスクを回避しやすくなります。
営利法人による開設は原則不可
医療法第7条は非営利原則を定めています。株式会社等の営利法人が直接診療所を開設することは、厳しく制限されています。昭和45年医発第693号通知により、営利目的でないことが立証できれば知事許可の対象となりうる例外はあるものの、実務では医療法人制度の活用が強く推奨されます。
なお、医療法人とは別にMS法人(メディカルサービス法人)として株式会社を設立し、建物賃貸・事務委託等を行うスキームは適法です。
比較表
| 項目 | 個人事業主 | 医療法人 |
|---|---|---|
| 開設の可否 | 無床→届出 / 有床→許可 | 常に事前許可 |
| 事業規模 | 原則1か所 | 分院展開可 |
| 適用税制 | 所得税(累進) | 法人税(固定率) |
| 経営の自由度 | 高い | 定款の範囲内 |
| 事業承継 | 相続税・贈与税が重い | 持分なし法人なら理事長交代のみ |
「許可」と「届出」の区別
事前許可が必要なケース
有床診療所の開設、法人開設(無床を含む)、構造設備の重大な変更は、医療法第7条に基づく事前許可が必要です。許可権者は都道府県知事または保健所設置市の市長で、開設予定日から概ね2週間前までに申請するのが実務の目安です。
事後届出で足りるケース
個人医師による無床診療所の開設(医療法第8条)、エックス線装置の備付、許可・届出事項の一部変更、廃止・休止・再開は、事後の届出で足ります。いずれも事由発生後10日以内の提出が求められます。
事前相談は事実上の義務
法律上は事後届出で足りる場合でも、保健所は行政指導として「着工前の図面段階での事前相談」を強く求めています。これを怠ると、開設後の実査で構造設備の不備を指摘され、休業を伴う大規模改修工事を命じられるリスクがあります。事前相談のタイミングと持参資料は、別ページで整理しています。
法人成り(個人→医療法人)という選択
法人成りは、個人事業の廃止と法人による新規開設を同時に行う手続きです。
1. 医療法人設立認可申請(都道府県知事)→ 約6か月
2. 法務局で設立登記 → 約2週間
3. 法人名義で「開設許可申請」(保健所)
4. 個人事業の「廃止届」(保健所)
5. 保険医療機関の「遡及指定」(厚生局)← 社労士の領域
個人事業の廃止届と法人の開設許可を同日処理にすることで、保険診療の空白を防ぎます。厚生局への遡及指定申請は、事実発生から極めて短期間内に行う必要があります。従前の施設基準は白紙になるため、法人名義での再届出も必要です。
将来的な分院展開や事業承継を想定している場合、開業時点から医療法人化を選択するほうが、数年後の手続き負担を小さくできる場合があります。個別の判断は、税理士との連携のうえご相談を受けています。
管理者の資格要件
診療所の管理者には医師または歯科医師が必要です(医療法第10条)。専属・常勤が原則で、他施設の管理者兼任は原則として認められません。
| 要件 | 内容 |
|---|---|
| 資格 | 医師または歯科医師 |
| 勤務形態 | 当該診療所に常勤で専属 |
| 臨床研修 | 2004年4月以降の医師免許者、2006年4月以降の歯科医師免許者は臨床研修修了登録証が必須 |
| 薬剤師配置 | 常時3名以上の医師が勤務する場合は専属薬剤師の配置義務(医療法第18条) |
よくある誤解
無床クリニックなら届出だけで済む
法的にはその通りですが、保健所の事前相談を省略すると実査で構造設備の不備を指摘される事例が少なくありません。事前相談は事実上の必須プロセスと考えてください。
200平方メートル以下なら建築基準法は緩い
2019年改正で確認申請が不要となる上限が200平方メートルに引き上げられましたが、特殊建築物としての実体的な構造基準(耐火構造・内装制限)は免除されていません。手続きの省略と基準の免除を混同しないでください。
将来法人化すればよい
法人化には約6か月の設立認可期間に加え、個人事業の廃止届と法人の開設許可の同日処理が必要です。開業から数年で法人化する予定が明確なら、開業時点から医療法人を選ぶ設計も検討に値します。
あおば事務所の対応
初回相談では、想定される診療科目・病床の有無・開業後の事業規模・分院展開の可能性をお伺いし、個人開業と医療法人開業のどちらが適切かを整理します。税務の判断(所得税と法人税の比較、相続税対策)は提携税理士に、保険医療機関指定は連携社労士にお繋ぎし、行政書士としては保健所への開設手続きと医療法人の設立認可を担います。
横浜市・川崎市・相模原市をはじめ、神奈川県・東京都の案件を継続して取り扱っています。保健所ごとの運用差についても、最新の状況をお伝えします。